
6月9日朝、豆リンが虹の橋へと旅立ちました…
豆リンは推定13歳前後の女の子で、2022年5月に札幌市動物管理センターに多頭で放棄されました。当時、かなり衰弱しており、緊急で引き取りましたが、脱水が激しかったため、そのままかかりつけ医に入院となりました。
退院後も食欲がなかったり体調が思わしくなかったので受診したところ、歯もボロボロで歯肉炎も酷く抜歯や治療をしました。

その後は食欲、元気を取り戻しましたが、今年の3月頃から食欲が不安定になることが多くなりました。血液検査では異常はないのですが、脱水が酷いため入院し静脈点滴を続け、退院後も自力で食べるようになるまで皮下点滴を行いました。
その甲斐あってか、不安定ながらもご飯を食べれていたのですが、4月末には連日嘔吐をするようになりました。エコー検査をしてみたところ、腸が全体的にブヨブヨと腫れていて炎症を起こしていました。
同じ頃、同じ現場出身の子の吐く頻度が多く胃薬を飲んでいたのですが、治まらないためにエコー検査をしたところ、同じく腸がブヨブヨに腫れていて食物アレルギーの疑いがありました。
豆リンももしかしたらアレルギーがあるかもしれないとアレルギー対応フードにしてみることになりました。
その後は胃薬等飲みながら何とか食べていたのですが、5月30日の朝、黄疸が出ていることに気付き、そのまま入院となりました。
診断は急性肝炎と重度の貧血でした。数日入院して治療しましたが、肝臓の数値は改善せず、貧血の数値もどんどん下がってしまい、回復の望みは薄いとのことでした。そうしたことから、6月3日に退院し会でゆっくり過ごしてもらうことにしました。
退院後はご支援でいただいた鹿肉をおかわりするくらいバクバクと食べ、日に日に黄疸も薄くなっていて、もしかして治るのでは?というくらい食べていました。
夢中で食べていた姿は、私たちに「まだ生きたいよ」と語りかけていたのかもしれません。この時、回復の兆しを感じ、胸をなで下ろし安堵しましたが、この時間がまさに奇跡だったのかもしれません。一心不乱に食べる姿は、豆リンが、最後の最後まで生きることを諦めなかった証かも知れません。
ですが、6月8日には全く食べなくなり、何度も吐くようになったので、かかりつけの病院に相談し吐き気止めの注射をし、吐き気が治まればまた食べてくれるかな、と期待していました。
翌日の9日の朝、スタッフが出勤した時は、豆リンはいつもと変りなく、少し手を付け減っていた鹿肉の食事を確認して、「今日も大丈夫」と安心しました。ですが、朝ごはんの鹿肉を用意するために数分間目を離したうちに状態が急変し、あっという間にお空に旅立ってしまいました。
頑張りやな豆リンは最後の最後まで頑張り生き抜いてくれました。

保護時は人馴れもしていなく、感情表現もあまりない子でしたが、接していく内に撫でられることが好きになり、ブラシも喜ぶようになり愛嬌のある子でした。
それでも、苦手な治療系のことは嫌なものは嫌!と抵抗する頑固な面もありました。
多頭飼育崩壊という厳しい環境の中、高齢になってから見捨てられてしまった豆リン。人に振り回されてきた猫生だったかもしれません。それでも、少しずつ心を許してくれたことが本当に嬉しかったです。
「人もそんなに悪くない」−−そう思ってくれていたなら、それだけで救われる気がします。豆リン、本当にありがとう。その小さな体で、たくさん頑張って生きてくれました。
どうか安らかに…。皆さまとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。